16日付け記事です

。「母の慈愛の心を持って」全国知事会議で東京都知事の小池氏が鳥取県の平井知事に言われた言葉に対し小池氏は、

「ちゃかすような発言があり、非常に困惑した」「『母として』と言われたが、私は母になれなかった。

私ができなかったことをみなさんにかなえてほしいと、多くの女性に仕事も子育てもやってもらえるような環境づくりをしている」と発言し、

その後鳥取知事は謝罪をした。

と言う記事を読みました。

鳥取知事は小池知事を褒め上げたつもりだったんでしょう。しかし、今の時代、

社交辞令でも言わない歯の浮くような言葉は、私は違和感を感じました。

ましてや、女性政治家が少ない日本の政界の中で、「ちゃかされた。」と思うのは当然だろうと思います。

未だに時代錯誤の思考は時々こうして露呈する。セクハラ、パワハラぎりぎりの発言。

しかし、相手を理解することは簡単そうで簡単では無いと思います。

私も言葉足らずで、誤解を招いたり、相手に不快な思いをさせたりする失敗はあります。

もしかして鳥取知事は、自分が女性なら、自分の発言した言葉が嬉しいと思ったのかもしれません。

または、男性に限らず、女性も思っている人がいるかもしれません。

小池知事がもしかして、母であったら、どんな反応だったのでしょうか。これは想像するには値しませんが・・・。

しかし、「慈愛の心。」どんな心なんでしょう。 男性社会に慈愛の心は女性の役目なのでしょうか。

先の、障がい者や同性愛者等に向けた「生産性の無い~」の過激な政治家の発言に続き、

ここでも、男女の役割が個々のイメージで発言されています。

こうしてメディアに取り上げられる事はある意味いいことだと思います。これが今の現状だからです。

露呈しないと、ジェンダー、または社会的ジェンダーがどのように世間で認識されているか分からないからです。

そして私達もそれを受けて、何かを感じ、それについて理解を深めていくことも大事だと思うのです。

 

 

 

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